翁

　なあ、時たま無性に死に急ぎたくなることはならないか？　と問われて、渚はふと思い返す仕草をしてみた。それは例えば、羞恥などで？　と問い返すと、蕾の綻ぶ柔らかさで翁の口元が緩む。

「嗚呼、お前は仕合わせなのだね」
「はい、私は仕合わせです」
「仕合わせであるのは、容易ではないから、仕合わせだと言えるお前は苦労したのだろうね」

　意識していても、していなくても。
　微笑む翁に、うっかり涙腺が緩みそうだった。
　そんなことがあってから私はもう、死にたいとは思わない。