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 ひゅう、ひゅう、と細い呼吸が隣から聞こえた。背中越しに聞こえた喘鳴にふと目が冴えて、ぐるりと体位を変える。仰向けの顔には汗が滲んで、眉間にも深い皺が刻まれていた。起こすべきか、起こさざるべきか。思案している内に、ひゅう、ひゅう、だった呼吸は荒くなっていく。

(オイオイ、大丈夫か……?)

 過換気気味に呼吸が乱れてきたところで、流石に起こすべきだろうと意を決して、手を伸ばす。その手が触れるか触れないか、刹那のタイミングでアリスはガバリと起き上がった。

「あ、あ……」
「オイ、アリス、どうか」

 したか、と問う前に、火村の言葉を遮るようにアリスは常にない俊敏さでベッドから這い出てしまう。火村が驚いていることにも、それどころか隣に火村がいることさえ忘れているかのように。アリスは、呼吸を整えることもしないままに寝室を飛び出した。開け放たれた扉の向こう、恐らくはアリスが執筆に使っている部屋の方から、バタンと深夜には些か迷惑な音が響いた。

「なんだっていうんだ……」

※※※

 人の価値とは一体どこから産まれるのだろう。宝石の価値はその宝石を価値のあるものだと認定した人間から生まれる。ならば、人の価値も同じだろうか。私は、彼にとって価値のない人間だったということだ。私の紡ぐ繭も意味のない、価値のない、ものだと、私以外は、もしかすると、思っているのかも。
 兎に角繭を紡いで、紡いで、せっかく忘れかけていたのに、何故今頃思い出したのだろう。
 否、忘れるわけがない。忘れられるわけがない。
 キーボードを壊さんばかりに叩く。叩く。叩く。優しい繭を紡ぐのだ。

※※※

 アリスの入った部屋のドアを、細く開けた。真っ暗な部屋の中、ただアリスの横顔とキーボードの音、それからアリスを包む、液晶の光が存在している。一心不乱に文字を紡ぐ。その様子が、必死に見えない血液を洗い流す自分と重なった。否、普段表立っていない分その必死さは自分よりも上かもしれない。
 キーボードを滑る、などという綺麗な表現ではない。キーボードを叩く指。その指が、一切の淀みなく動く。普段、ああ、だのうう、だの唸りながら捻り出している爽やかな言葉ではないのかもしれない。あれは、アリスの芯、なのかもしれない。
 火村は、声を掛けることも出来ずにただその様子をひた見ていた。

※※※

「一本書き上げてもうた……」
「良かったじゃねえか」
「……うーん、でもこれ、出すかわからんしなあ」
「……ふぅん……じゃあ是非その唯一の読者になりたいね」
「うん? なんや、読みたいと思うてくれるんか」
「Absolutely」
「あほか」


画像は二十歳前後の火村さんと七歳くらいのちびにょたりす。

「ひむら、彼女つくらへんのー?」
「おまえ……週五で来といて何言ってんだ」
「うちが彼女になったろうか」
「そりゃ犯罪だ」
「ハンザイ……サツジンか!」
「犯罪イコール殺人か。アリスの思考回路は恐ろしいな」

みたいな感じのやりとり。
かわいくね?(`・ω・)

8時に涼さん迎えにくんのに私は何故起きているのだろう。



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